中国当局が麻薬密輸罪で死刑が確定した日本人男性の刑を、五日にも執行すると通告してきた。日本側の懸念を顧みず強行すれば、価値観の違う異質な大国として自ら警戒感を招くことになる。
赤野光信死刑囚(65)は二〇〇六年九月、遼寧省大連の空港から日本へ覚せい剤約二・五キロを密輸しようとして逮捕された。〇八年六月に大連中級人民法院(地裁)で死刑を言い渡され、控訴したが同省高級人民法院(高裁)が昨年四月に控訴を棄却。二審制のため判決が確定した。
死刑が執行されれば一九七二年の日中国交正常化以降、日本人で初めてとなる。ほかに、いずれも大連から覚せい剤を密輸しようとした男三人の死刑囚がいる。
日本政府は中国に対し国民感情などに配慮し慎重な対応をするよう求め、死刑執行の通告にも鳩山由紀夫首相が懸念を表明した。
犯罪にどのような刑を科すかは、その国が決める。アヘン戦争以来、列強の圧力で麻薬の惨禍を被った中国は麻薬犯罪に死刑を含む厳罰を科している。東南アジアなど他の国々でも麻薬犯罪に死刑で臨む国も少なくない。
外交的保護は自国民が相手の国民より不公平な扱いを受けたときにしか及ばず、外国で起こした犯罪は、その国で刑を受ける。
ただ、中国は「死刑大国」として海外から批判を浴びてきた。人権団体アムネスティ・インターナショナルは三十日、昨年に世界の十八カ国で七百十四人以上の死刑が執行されたと発表した。
中国は死刑の状況を公開していないと透明性の向上を求め「中国は他の国の執行数の合計より多く実施している」と非難した。
昨年末にも中国は責任能力に疑いのある英国人男性を麻薬密輸罪で死刑に処し、英国政府の激しい抗議を受けた。ヨーロッパは、ほとんどの国で死刑が廃止され世界的にも死刑は減少している。
日本は死刑が増加傾向にあるが、死刑適用は厳格に制限されている。昨年七月、死刑を執行された中国人は同胞三人を刺殺するなどした強盗殺人罪だった。
中国は世界の大国になろうとしている。ただ、法治や人権、自由などの価値観が他の国々と異なるとみられていることが何かと摩擦を起こしている。
死刑を強行して外国の違和感と警戒心を強めることが、国益になるとは思えない。中国には外交と日中関係の大局に立って死刑執行の再考を望みたい。
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