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天声人語

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2010年3月30日(火)付

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 じらされれば恋心は募るという。今年の春の女神は駆け引きが上手らしい。桜の開花宣言を聞いて腰を浮かせたら、そのあとの東京は冬のような花冷えが続く。ほころび出して足踏みしたまま、春爛漫(らんまん)はおあずけを食わされている▼暦を見ると、きょうは陰暦の2月15日にあたる。桜を愛した平安末の歌人西行の「忌日」である。〈願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ〉は名高い。新暦の季節感だと「如月(きさらぎ)に桜?」だが、旧暦は今が「如月の望月(満月)のころ」だった▼西行は願い通りの死を迎えた。望月より1日遅い16日に没したが、歌聖を慕う後世は15日を西行忌とした。〈花あれば西行の日とおもふべし〉。出版人として知られた角川源義の一句である▼息子で俳人でもある角川春樹さんに、桜の話を聞いたことがある。西行ゆかりの奈良・吉野山に魅せられた人だ。3万本が咲き競う空間を「荘厳と妖艶(ようえん)とすごみが溶けあった魔境のような所」と言っていた。「桜は宇宙を内包している」、とも▼桜が咲き、そして散る。そのさまを表す日本語は実に豊かだ。待つ花、初花、花の雲。盛りがすぎて花吹雪、水に浮く花筏(いかだ)。名残の花があって、遅桜に行く春を惜しむ。まだまだあろう。かくも多彩に移ろいが表される植物が、他にあるのだろうか▼この時期らしい暖気は明日あたりから戻ってくるらしい。だが、その先の予報には無情の雨マークも並ぶ。〈春風の花を散らすと見る夢は覚めても胸の騒ぐなりけり〉西行。千年変わらぬ、花恋いの春である。

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