作家の山崎豊子さんの長編小説『運命の人』の主人公弓成亮太は、元毎日新聞政治部記者の西山太吉さん(78)がモデルである。沖縄の返還交渉をめぐる外務省の機密漏洩(ろうえい)事件で逮捕され、最高裁で有罪が確定した▼法廷の場面など小説の前半は事実に即したノンフィクションの薫りがするが、裁判後に沖縄に渡り、市井の人々と交わる中で、どん底から蘇生(そせい)するというストーリーは山崎さんの創作だ▼事件で記者生命を失った西山さんが、実際に沖縄の地を踏んだのは判決確定から二十四年後の二〇〇二年。密約を裏付ける文書が米側で見つかるまでの歳月が必要だった▼その西山さんが衆院外務委員会の参考人に呼ばれた。実に三十八年ぶりの国会だ。「こういう場で発言させてもらい、理解を求めることは想像だにしていなかった。隔世の感がある」。終了後に語った言葉に実感がこもる▼西山さんが追及してきた密約は男女スキャンダルにすり替えられ、うやむやに終わったが、政権交代によって白日の下にさらされた。追いかけた密約は「氷山の一角」にすぎなかった▼密約の核心にかかわる重要な文書の多くが、破棄された可能性が強まっている。だれが、何のために破棄したのか、外務省は、徹底調査をして明らかにしてほしい。永遠に検証できない外交記録の破棄は、政府による歴史の私物化にほかならない。