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名高い『昆虫記』ほど知られてはいないが、ファーブルには『植物記』もある。老木を愛したらしく、木の年齢について述べた一章は、星霜を経た樹木への畏敬(いけい)にあふれている▼樹齢900年というカシの木を仰いでは、「人間の賛美を受け、雷に打たれながら、悠然と歳月の流れを見守っている」(日高敏隆・林瑞枝訳)といった具合だ。そうした威厳が、鎌倉の鶴岡八幡宮の銀杏(いちょう)にもあった。歴史に彩られた巨木が、春の嵐に突然倒れて人々を驚かせた▼樹齢は800年から千年とされる。鎌倉幕府の悲運の将軍、源実朝を手にかけた暗殺者が隠れていたとの伝説も残る。根こそぎ倒れ、再生は難しいと見られたが、試みられることになった。根元から3、4メートルで胴切りにして植え直すそうだ▼老木といえば、日本三大桜のひとつ岐阜の淡墨桜(うすずみざくら)をかつて取材したことがある。樹齢1500年ともいう桜は枯死の危機を乗り越えた。戦後まもなく、「3年はもつまい」と言われた古木に、盆栽の名人だった一人の医師が回生の「手術」を施した▼根を楔(くさび)形に切り、切り口に卵白を塗り込んだ。そこへ別の若木の根を接ぎ、縄で固定する。ひと月かけて約240本の根を接いだ。老木は新たな命を吸い上げてよみがえり、翌年満開の花を咲かせた▼銀杏の状態は厳しいが、手厚い看護が奇跡を生むかも知れない。残った根から出るひこばえ(若芽)も期待できるという。地中というより、遠い過去の時間へ根を届かせている木だった。再び歴史を語ってくれる日が、いつか来ればいい。