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Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
江戸川柳に〈箱入りにすれば内にて虫がつき〉がある。大店(おおだな)の主人は、娘が悪い男にたぶらかされないかと気が気でない。なるたけ外に出さずに育てたら使用人と恋仲になった、というお話だ▼蝶(ちょう)よ花よと大切にされるほど、子は世間に疎くなる。陰から見守りながら、少しずつ風に当てていく案配が難しい。虫がつく程度ならいいが、命にかかわる「箱入り」もある▼佐渡島の保護センターにいたトキ9羽が、テンに襲われ死んだ。秋の放鳥に備え、えさ取りや飛び方を学んでいた一群だ。テンは夜陰に紛れて訓練ケージに忍び込んだ。池や木を配したケージは広いが、暗闇で飛べないトキはパニックに陥ったらしい。外敵を知らない「愛児」たちの災難に、飼育員らの落胆いかばかりか▼幸い、これまで野に放たれた30羽の大半は元気で、つがいもできそうだ。センターには卵から育てたトキがまだ100羽ほどいる。放鳥計画を練り直し、野生復帰に挑み続けてほしい▼佐渡のテンは、苗木を食べる野ウサギの天敵として、半世紀前に持ち込まれた二十数匹を祖とする。箱入りだろうが特別天然記念物だろうが、腹ぺこで獲物に遭えば襲うのが野の掟(おきて)である。修業中のトキにすれば、野生からのとんだ「出張指導」だった▼テンの駆除を求める声もあるが、もとよりこの小動物に罪はない。あの一匹は闇に身を潜め、野ウサギを食べたら益獣、トキを殺せば害獣という「人の掟」に小首をかしげていることだろう。万物が動き始める早春、生きとし生ける物たちの哀れがしみる。