市民派で知られる宇都宮健児氏が日弁連会長となる。貧困や格差問題など弱者救済での手腕が期待されるが、法曹人口を抑制する公約は疑問だ。「身近な司法」を実現する理念を忘れてはならない。
「サラ金地獄」と呼ばれた多重債務の問題に取り組んだ草分けの弁護士だ。貸金業者の過酷な取り立てを規制したり、高金利撤廃の実現に走り回った。それらの業績は大いに評価される。
消費者問題や貧困問題にも深くかかわった。二〇〇八年末の「年越し派遣村」では名誉村長を務めた。弱者を守る粘り強い活動から「市民派」と呼ばれたのは、宇都宮氏の“勲章”ともいえよう。
貧困や格差の問題を「最大の人権問題」と位置付け、次期日弁連の会長として、積極的に取り組むとも語った。日本経済が沈滞し、多くの失業者や低賃金の労働者が泣いている時代である。弱者に光をあてる活動には、ぜひ力を注いでもらいたい。
ただし、史上初の再投票となった会長選で、主流派を破ったのは、知名度ばかりではない。むしろ、司法試験の合格者数を政府計画の年間三千人から、千五百人程度に減らすと主張したためだ。
弁護士の数が増えれば、仕事の奪い合いになり、新人は就職難に直面する。今回の会長選挙では、そんな過当競争を避けたいという弁護士らの本音が読み取れる。業界利益の優先の表れではないか。
困ったことが起これば、すぐに相談できる。法律家は社会生活の上で「医師」のような役割を果たし、市民が司法を身近で利用しやすいものにする−。法曹人口の拡大は、そうした理念に基づいて計画されたはずだ。簡単に方向転換されては、国民の期待を裏切る。
宇都宮氏は地方の票をさらったが、「司法過疎」が叫ばれて久しい。地裁支部管内で弁護士が三人以下の地域は、今なお六十四を数える。地方こそ、法律家の増員が求められるのではないか。
法科大学院は大打撃を受ける。合格者が千五百人へと後戻りするなら、制度崩壊にもつながりかねない。法曹をめざす若者の失望ばかりか、人材さえ失うことになる。
有識者らが、公務員や議員の政策秘書、上場企業などに弁護士採用を義務付ける提言をしている。日弁連はむしろ長期の目をもって、さまざまな社会の場面で法律知識を生かせる職域拡大に向け、努力すべきときだ。
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