人類が米ソ核戦争による滅亡に最も近づいたといわれる1962年のキューバ危機の折だ。ソ連がキューバに核ミサイルを運び込んでいる証拠だという航空写真を携え、米国務省高官がひそかにパリに飛んだ。ドゴール仏大統領の支持を取りつけるためである。
▼フランスはなにかにつけ米国に盾ついてきた。高官は幾ばくか緊張していたに違いない。ところが、ドゴールはこう応じたという。「いや、写真は要りません。アメリカ合衆国大統領がおっしゃるなら私は信じます」。「『共和国』フランスと私」(樋口陽一著)の中にあるエピソードだ。
▼もし、時の米大統領ケネディを目の前にして英語で語り合っていたならば、ドゴールの口からは「アイ・トラスト・ユー(私はあなたを信じる)」と発せられたのではないか。そんな想像をしたくなる。普段角突き合わせていても、ギリギリの局面では無条件に相手を信じる。真の信頼関係とはそういうものだろう。
▼鳩山首相がオバマ米大統領相手に「トラスト・ミー(私を信じて)」とやって物議を醸したのは昨年11月。同じ言い回しを今週、平野官房長官もルース駐日米大使に使ったそうだ。冗談か本気かは分かりかねるが、人間関係万事、「信じて」と何度繰り返すより一度でも「信じる」と言われる方が、ずっと難しい。