少しばかり酒が過ぎた時の言い訳として、世の飲んべえたちは<酒は百薬の長>なんていう言葉を持ち出したりする。前漢と後漢の間、十五年続いた新朝の皇帝王莽(おうもう)が下した詔<夫(そ)れ塩は食肴(しょくこう)の将、酒は百薬の長、嘉会(かかい)の好、鉄は田農(でんのう)の本>を記した『漢書(かんじょ)』が出典だ▼酒は、塩と鉄と並ぶほど重要だから、国が専売するという経済政策を発表しただけ(山口智司著『名言の正体』)ということらしく、特に酒の効用を宣揚したわけではないようだ▼『徒然草』で吉田兼好も、<酒は百薬の長といへども、満(よろず)の病は酒よりこそ起れ>と戒めている。「百薬の長」という部分だけが、都合よく強調されてきたのだろう▼日本の社会は酒にはおおらかで、酒席での失敗や武勇伝も大目にみられがちだが、たばこの方は肩身はかなり狭くなってきた。受動喫煙による健康被害を防ごうと、禁煙ルールを徹底する動きは強まる一方だ▼厚生労働省は、健康増進法に基づき、不特定多数が利用する場所を原則、全面禁煙にするよう自治体に通知した。分煙から全面禁煙へと流れは大きく変わった▼病院や公共施設の全面禁煙は当然だ。ただ、強制力はないとはいえ、すべての飲食店を対象にする必要があるのだろうか。<百害あって一利なし>の存在になった感のあるたばこは十月には一箱百円の値上げ。愛煙家には長い冬の時代である。