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ポーランドのノーベル賞詩人シンボルスカの詩集『終わりと始まり』から一節を引く。〈またやって来たからといって/春を恨んだりはしない/例年のように自分の義務を/果たしているからといって/春を責めたりはしない〉▼そして続く。〈わかっている わたしがいくら悲しくても/そのせいで緑の萌(も)えるのが止まったりはしないと……〉。訳者の沼野充義さんによれば、夫の死を悼んだ詩だという。自然は色をかえすのに人は戻らない。命あふれる春にこそ、悲しみは募るのだろうか▼大切な人を亡くした深い悲嘆と、それを乗り越えていく体験を小社が募集したら、5056編が寄せられた。審査の下読みに加わって何編かを拝読した。ともに生きた日々への感謝がある。悔やみきれない思いも残る。上手も下手もこえて、幾度も読み返させられた▼うち153編を収めた『千の風になったあなたへ贈る手紙』(朝日文庫)が近く発売になる。「息子よ。私も、お父さんも泣くまいと思ったのです。悲しんだら、あなたは、親不孝者になってしまうから」と59歳の母は語りかける▼「葬儀から帰って洗面所を覗(のぞ)くと、今はもう主の居ない化粧水の壜(びん)が空(むな)しく並んでいました。『さよなら』と言いながら全部を流しました。コポコポと泣いていました」。だが79歳の夫は再び前を向いて歩き出す。亡き妻への手紙は「もう大丈夫」と締めくくられている▼悲しみの荒野にも緑の芽は吹く。春を喜べる日がきっと来る。空を渡る風の励ましが、胸に染みるような一冊である。