重い期待、不調の余韻。それでも浅田は五輪のリンクで見事に跳んだ。高らかな「鐘」の音とともに、世界中のだれにもできないことを成し遂げた。日本代表三人の健闘を心からたたえたい。
「長かったというか、あっという間の四分間」。浅田真央選手、涙のインタビュー。長かったのは、年齢がわずかに足りず、出場を逃したトリノ五輪からの四年間か、不調に沈んだ去年の秋からの道のりか。そうも聞こえた。
いずれにしても「もう跳べないかもしれない」という不安を克服し、日本中の期待を一身に背負い、ショートプログラムと合わせて三回のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)をすべて成功させての銀メダル。五輪史に永く刻まれる快挙を心から祝福したい。
冬季五輪の華といわれる女子フィギュア、その華であるジャンプ、そして、そのまた華であるトリプルアクセル。芸術点重視の流れの中で、浅田選手はあえて「技」にもこだわった。計り知れない重圧の中で、世界初の演技を披露した。ミスもした。納得のいかない部分は多いだろう。だが真央ちゃん、私たちはあなたを決して敗者とは思わない。
トリノの転倒、摂食障害…それぞれの課題や困難を乗り越えて、見事入賞を果たした安藤美姫、鈴木明子両選手にも、惜しみない拍手を送りたい。男女代表六選手、全員入賞という成績も、日本の高いレベルを十分に見せてくれた。
金●児(キムヨナ)選手の演技は完璧(かんぺき)だった。約三年前から開催地カナダに練習の本拠を移し、カナダ人コーチの指導を仰ぎ、チームを組んで、観客へのアピールを重視した曲と演技プログラムを練り上げた。メダルを取るための戦略面では、日本勢は大きく後れを取った感がある。戦略と勝負へのこだわりが、トラック競技も含めて、韓国勢躍進の原動力になっている。見習うべき点は多くある。
浅田選手がフリーで滑ったラフマニノフの「鐘」。かれんなイメージを打ち破り、重厚なこの曲を選んだことも挑戦だった。「ジャスト・ドゥ・イット(とにかくやってみなさい)」というタラソワ・コーチの口癖にこたえて、攻めの演技に終始した。
「とにかくやってみよう」の演技は、経済の沈滞に、ともすればすくみがちになる人々の心の鐘をも、共鳴させたに違いない。そして、この気持ちがある限り、浅田選手の成長は終わらない。
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