殺人などの罪は時効を廃止すると、法制審議会が法相に答申した。犯罪被害者・遺族らの声を重視した法改正になる。冤罪(えんざい)を生む危険性などの観点から異論も根強く、国会で徹底審議を望みたい。
犯人がどこかに潜んでいる。時効を迎えてしまえば、罪に問われることはない−。被害者や遺族には無念極まりない思いだろう。その気持ちは十分に理解できる。
時効制度の見直し案も、犯罪被害者・遺族らの声を受けてまとめられた。
人を死なせた罪のうち、殺人や強盗殺人など最高刑が死刑の罪は時効を廃止する。傷害致死など懲役・禁固の罪は時効期間を二倍に延長する内容だ。
内閣府の世論調査でも、殺人などの時効が現在二十五年であることについて、約55%が「短い」と答え、そのうち半数が「時効廃止」を求めていた。「逃げ得は許さない」という社会意識の高まりがうかがえる。DNA型鑑定などの科学的な捜査技術の進歩なども、見直しの背景にある。
一方で、異論が根強いことにも留意すべきである。日本弁護士連合会は「反対」の立場である。冤罪の危険をはらむ法改正となるからだ。長い歳月を経て、被疑者・被告人とされた場合、アリバイなどの立証が極めて困難となる。
「推定無罪」の大原則は当然としても、本人や証人の記憶が薄れ、証拠が散逸してしまえば、適正な裁判ができない恐れがある。
年々、増え続ける未解決事件に対し、限られた捜査員をどう配分するのか。膨大な証拠物件や捜査資料などをきちんと保管せねばならない捜査側の課題も重い。
とくに時効が進行中の事件についても適用する案について、「憲法違反になる」との法学者の意見にはもっと耳を傾けるべきだ。憲法三九条には、実行時に適法だった行為は処罰されないと定めている。「遡及(そきゅう)適用」が、それに抵触しないかどうか、しっかり吟味されねばならない。
被害者の中には、時効廃止により「いつまでも心の傷が癒えなくなる」という声もある。だから、すべての殺人事件に広げず、被害者らの申し出がある場合などに、時効を「中断」する仕組みをつくっては、という考えも一部にある。民主党も昨年、検察官の請求で裁判所が時効中断を認める制度案をまとめている。
刑事司法政策を転換させる大きなテーマだけに、国会では十分な議論を尽くしてほしい。
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