「ボクシングはもっともよく出来た闘争のフィクションである」。三島由紀夫がエッセーに残している言葉だ。そこには高度の技術性と科学性が備わっていると三島は言う。リングの上の選手はそれをわきまえてじつに冷静なのだ、と。
▼自らグローブをつけた体験を持つ作家だけに実感に違いない。何やら威勢がよいばかりの昨今の某々選手などはどうなのかと顔が思い浮かぶが、さてここは政治の話である。きのう国会で、党首討論という舌のボクシングを繰り広げた鳩山首相と谷垣自民党総裁だ。観客を満足させる試合を見せてくれただろうか。
▼母親からの巨額の「子ども手当」について突っ込まれた鳩山さんは、やっぱりフニャフニャ、ダラダラした逃げの答弁に終始した。まるで「科学性」なんかない防戦ぶりだ。もっとも、発奮した様子の谷垣さんも「技術性」はいまひとつだったろう。スキだらけのチャンピオンなのに攻めあぐねてゴングが鳴った。
▼律義にあれこれを問い詰める総裁と、流れ出す言葉の端々に「新しい国づくり」だ「コンクリートから人へ」だと惹句(じゃっく)をちりばめる首相。ボクシングというより噛(か)み合わぬ異種格闘技かもしれない。それでもせっかくの対戦なのだからもっと工夫が欲しい。ノックアウトするまで時間無制限でとは言わないけれど。