今から半世紀以上前、たい焼きをめぐる論争があった。きっかけは直木賞作家で、演芸評論家の安藤鶴夫が新聞に書いたコラム。自宅近くの東京・四谷の「わかば」のたい焼きに、しっぽまで餡(あん)が入っていたことに感動、主人の仕事に「人間の誠実さ」を味わったと書いた▼これに反論したのは映画監督の山本嘉次郎。麻布十番の「浪花家総本店」がひいきだった山本は、しっぽは「はし休め」みたいなものだと反論、大論争になった▼この二店に人形町の「柳屋」の三店が東京の「ご三家」といわれるが、いずれも一匹ずつ職人が手で焼き上げる「一丁焼き」だ。たっぷりの餡を包む皮が香ばしくぱりっと焼けているのが特徴で、ファンの長い行列ができている▼最近、街の中を歩いていると、新しく開店したたい焼き屋をよく見かける。ソーセージやバナナ、カレーなどを入れた変わり種や、一口大のサイズなど中身や形も多彩だ▼いまでは数多くのたい焼きを同時に焼く「連式焼き」が主流になり、一丁焼きを「天然もの」、連式を「養殖もの」と区別するファンもいる。ふんわりとした養殖ものの味わいも捨てがたい▼焼きたてをがぶりとやってみた。やけどをしそうな熱々の餡が飛び出してくる。たかがたい焼き、されどたい焼き。文化人がたい焼きのしっぽの餡をめぐり、まじめに議論を戦わせたのもうなずける。