茶室の「緑水庵」は、砂漠の国にある。現地の言葉では「緑のオアシス」と呼んでいる。その名前をアラビア語で記した入り口の額は、なかなか風情がある。アブダビ首長国のムハンマド皇太子が、自分で筆をとって墨で描いたそうだ。
▼日本文化の愛好家で、武士道にも造詣が深いという皇太子には、もうひとつのビジネスマンの顔もある。石油や電力事業を取り仕切る、同国のエネルギー産業の最重要人物である。アラブ諸国で初の原子力発電所の建設を、どの国の企業に発注するか。4兆円の巨大商戦のカギを握ったのが、ムハンマド皇太子だ。
▼勝者は韓国の企業連合だった。敗退した日本勢には何が足りなかったのか。値段でかなわなかったという声も聞くが、敗因はコストの差だけではあるまい。韓国の李明博大統領やフランスのサルコジ大統領のトップセールスは目立ったが、鳩山首相も皇太子に直接電話をかけた。親密さで見劣りしたわけでもない。
▼アブダビが韓国を選んだのは、原発を実際に人間の手で動かす「操業」を、韓国電力公社が引き受けたからだ。民営企業である日本の電力会社には、遠いよその国でまで原発を安全に運転する仕事は割に合わなかったようだ。技術の力だけでは突破できない輸出市場がある。原発の商談はベトナムでも苦戦が続く。