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天声人語

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2010年2月11日(木)付

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 出世作の「遠雷」も忘れがたいが、立松和平さんといえばオニオンスライスである。早大に合格して上京し、下宿の近くの食堂へ行った。むろん懐は寒い。品書きをにらみ、一番安いオニオンスライスを注文した▼「オニオンス・ライス」、つまり玉葱(たまねぎ)ご飯だと解釈したのだった。薄切りの玉葱が運ばれたが、おかずだと思い、ご飯が来るのをひたすら待ったそうだ。「玉葱の上にかかった花かつおが、人を小馬鹿にしたように揺れていた」と回想している▼そんな田舎の青年が、そのまま年を重ねたような風貌(ふうぼう)だった。故郷の栃木弁が似合っていた。玉葱の食堂では、訛(なま)りが恥ずかしくてご飯を「催促」できなかったという。だが後年はそれが持ち味になり、語りは炉辺談話の趣をかもしていた。62歳での他界は惜しまれる▼いわゆる書斎派ではない。世界を旅し、足跡は南極にもおよぶ。知床に山小屋を構えて通いつめた。諫早湾の干拓に物申し、鉱山開発で荒廃した足尾の山に木を植えた。自然が本来持つ「豊饒(ほうじょう)」への、ゆるがぬ信頼が身を貫いていた▼かつて小紙に、「老後の楽しみは木を植えること」だと寄せていた。何百年も伐採しない森を作り、その木材で法隆寺など古い寺院を未来に残したい。夢を温めていたが、人生の時間を天はもぎ取ってしまった▼冒頭の食堂に話を戻せば、立松さんは玉葱だけ黙って食べたそうだ。そして「東京暮らしはつらいな」と思う。切ないのに、どこかおかしくて、あたたかい。そんな空気を人徳のようにまとい続けた作家だった。

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