メトロノームに合わせて、部品のネジを手のひらから、ひとつずつ落としていく。コツ、コツ、コツ……。続けるうちに、ネジが受け皿に当たる音が、正しく1秒に1回を刻むようになる。トヨタ自動車が全新入社員に課す訓練である。
▼製造の現場では、流れ作業のスピードが第一。工程をよどみなく進めるためには、一人ひとりが指の先まで秒刻みで管理しなければならない。品質とコストを競う自動車づくりは、それほど厳しい世界だ。「歩くときも角を曲がるときも、あのテンポで体が動く」。研修を終えた事務系の社員が、そう語っていた。
▼トヨタが社員にたたき込みたいのは、指先の技ではあるまい。1台の車に組み込まれる部品の数は2万以上。道を走り出すまでには、何千社もの関連企業が知恵を絞り、何万人もの働き手が汗をかく。技術と工業が結晶した製品が、自動車である。秒を刻む特訓で伝えたいのは、その結晶の重みであるに違いない。
▼「ほんの一瞬」。リコール問題で記者会見した豊田章男社長は、ブレーキが利かない感触の差をそう表現した。正確には0.06秒。1秒にも満たない、わずかな時間かもしれない。だがトヨタはその一瞬を大事にしたからこそ、優れた車をつくり出してきた。運転する者にとっても、一瞬の大切さに変わりはない。