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イソップの物語に「盗みをする子と母親」の話がある。母親が叱(しか)らなかったため、子は長じて手に負えない盗人になる。とうとう捕まって刑場へ引いて行かれるとき、嘆く母親に息子が言った。「なぜ最初のときに俺(おれ)をぶってくれなかった」▼暴行問題で土俵を去る横綱朝青龍に、そんな教訓話を思い出した。たび重なる素行不良を周囲が甘やかしたのか。本人が聞く耳を持たなかったのか。たぶん両方だったのだろう。いまさら誰の責任かを論じても、覆水は盆に返らない▼記者会見で、この結末を、自分にとっての運命じゃないかと語っていた。相撲協会も師匠も「運命」を案じていたようだ。しかし客を呼べる。その人気は角界の「米びつ」でもあった。及び腰が慢心をあおり、大看板は屋根から落ちた▼それにしても、これほどの騒ぎは横綱双葉山の連勝ストップ以来ではないか。69連勝のあと、ついに敗れたのは71年前。歌舞伎座でニュースが伝えられると、客席が凍りついたようになったとの逸話も残る。日本中がこの話題で持ちきりになったそうだ▼〈やはらかに人分け行くや勝相撲〉。江戸期の俳人几董(きとう)の句は力士のたたずまいを詠んで秀逸だ。鬼の形相の土俵から一歩出れば、春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)の空気を身にまとわせて、ゆうゆうと風を切る。だが朝青龍はそれが苦手だった▼土俵外でも心身は荒く、抑制の美も理解しなかった。とはいえ角界を支えた風雲児には違いなかった。もろもろの是非はおいて、この人が去った穴を、相撲好きは三月場所でかみしめることになる。