一件の重大災害の背後には二十九件の軽微な災害があり、その裏には怪我(けが)に至らない三百件のヒヤリとする体験がある。労働災害が顕在化する確率を経験則から導き出したハインリッヒの法則だ▼この法則は、事故やトラブルにも当てはまると工学院大教授の畑村洋太郎さんは『失敗学のすすめ』に書いている。大きな失敗の裏には、顧客から不具合を指摘される程度の失敗が二十九は存在し、さらにその背景に社員が「まずい」と認識する潜在的失敗が三百はあるという▼そういう視点で見ると、約十五万人の足に影響した東海道新幹線の架線切断・停電事故の背後にも、表面化しなかった小さなミスが数多く積み重なっていたのだろうか▼JR東海によると、原因は車両のパンタグラフの部品を取り換えた際、四本のボルトをすべて付け忘れるという初歩的な整備ミスだった。入社十年と三年の作業員と経験三十年の確認役の三人が担当したが、見逃してしまった▼パンタグラフが固定されないまま車両は東京−新大阪間を往復した。沿線の住宅地や停車駅に部品が直撃する危険もあった▼畑村さんは「失敗をうまく生かせば、将来への大きなプラスへ転じさせる可能性を秘めている」と失敗から学ぶ大切さを訴えている。JR東海に求められるのは、原因究明を通じ、もっと大きな事故を未然に防ぐ対策を築くことだ。