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30年ほど前のこと。当時のパリのルーブル美術館別館に、ある画家が自作をこっそり持ち込んで「展示」し、2日後にバレて撤去されたことがある。この悪戯をめぐり当時の小欄が「美の殿堂で、感に堪えぬ面持ちでこの絵を鑑賞した人もいたわけだ」と少し意地悪く書いている▼名画あまたのルーブルだが、ダビンチの「モナリザ」は至宝そのものだ。天才画家の威光は偽物にも及ぶらしい。先ごろニューヨークであった競売で、ダビンチの「婦人の肖像」の模写と鑑定された絵に約1億4千万円という値がついた▼モナリザを彷彿(ほうふつ)させる女性の肖像で、流し目が印象深い。ルーブルには本物がある。ダビンチが2枚描いていたと言われ、1世紀近く真贋(しんがん)論争が続いていたが、最新の分析で2枚目は偽物と分かった▼冒頭の悪戯について、当時の小欄の筆者は「ルーブルに展示されて撤去された唯一の絵として値を呼ぶかもしれぬ」と書いた。今回の偽物の高値には、真贋論争に敗れた話題性も一役買ったようだ▼模写や贋作はときに、深い物語を秘めている。井上靖の短編「ある偽作家の生涯」は、親友の天才に呑(の)み込まれて、その贋作づくりに堕していく画家の悲劇を描く。巨大な才に小才が打ちひしがれるさまは、小説ながら絵の厳しさを語って現実味がある▼「婦人の肖像」の模写は、18世紀半ば以前にダビンチの信奉者によって描かれたらしい。どんな物語が作者にあったのだろう。パンを得るためか修業のためか。流し目の美女のすまし顔に、こっそりと聞いてみたい。