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天声人語

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2010年1月30日(土)付

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 「十八歳。紺サージの制服を脱ぎ捨てて、ジーンズとバスケットシューズが新たなる制服になったあの頃。サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』が愛読書だった季節……」。かつて小紙に寄せた、落合恵子さんのエッセーの一節である。青春の逃げ足はいつも速い▼だが「永遠の青春」もある。その若者像を小説に刻んだ作家、J・D・サリンジャー氏の訃報(ふほう)が米国から届いた。享年91。1951年の『ライ麦畑』は、世界で最も読まれた青春の一冊に数えられよう。大人への嫌悪や孤独を描いて、それは狂おしく激しい▼決定的な一作を残してあとは終生沈黙するという、伝説めいた作家がまれにいる。たとえば『風と共に去りぬ』のマーガレット・ミッチェルがそうだ。サリンジャー氏も似たところがあった。寡作で知られ、名声に包まれる中で筆を折った▼北辺の田舎に引きこもり、高い塀をめぐらして昼もカーテンを下ろした。有名を嫌うことでかえって有名になった。ゆえに詮索(せんさく)され、犬を飼っているかどうかでメディアが論争したこともあったという▼『ライ麦』は内容もさることながら、野崎孝訳の日本語タイトルが光っていた。題にひかれて手にとった我が昔を思い出す。近年は原題の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で村上春樹さんの訳本も出た。売り上げは双方で290万部にのぼっている▼伝説に殉じるように作者は逝ったが、遺産は世界で読み継がれることだろう。青春は短い。だからこそ、稀有(けう)な青春文学の頭上には、「永遠」の枕詞(まくらことば)が色あせない。

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