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いのちを、守りたい。
鳩山由紀夫首相の施政方針演説は、こんな異例の切り出しで始まった。
政権交代から4カ月余り。華々しくスタートした序章の盛り上がりは早くもしぼみ、内閣支持率は低落を続ける。これをどう挽回(ばんかい)するか。新年度予算案の国会審議入りにあたって首相が選んだのは、改めてみずからが目指す理念を熱く語ることだった。
子どもを持つことをあきらめてしまう社会を変える。「生まれくるいのち」を守ろう。職を失っても孤立しないよう共同体をつくり直そう。「働くいのち」を守りたい。
首相の持論である「友愛」を、別の角度からかみ砕いたということなのだろう。市民が互いに支え合う「新しい公共」の創出や、医療や介護を成長産業としていく「人間のための経済」づくりを訴えた。
自民党政権時代の政策から価値観を変えようというわけだ。
演説のスタイルも変えた。各省から集めた施策を列挙するだけの感が強かった形式をやめ、聞く方が気恥ずかしくなるほどの理想を語り続けた。
理念を語り国民の共感を呼び起こそうとするのは、リーダーにとって大切なことだ。半世紀にして初の本格的な政権交代という歴史性を思い、新鮮さを重視した首相の狙いは理解できる。
その裏に、具体論を語ろうにも語れない鳩山政権の苦しさがのぞいている。その事実を国民の多くが気づいている。だが演説には説明がない。そこに違和感を禁じえないのだ。
「国民との契約」と呼ぶマニフェストの何を実現し何をあきらめたのか。その理由は何か。これからどうするのか。演説で国民が最も聞きたかったのはこの点ではなかったか。いわば契約の履行状況報告であり、展望だが、ほとんど素通りしてしまった。
国民はマニフェストに期待して民主党政権を選んだが、そのすべてに賛成していたわけでもない。
政治主導の大変化から日米問題、「政治とカネ」の大騒動まで、新政権の4カ月をどう概括するのか。それを堂々と語らなければ、何が生きている「国民との契約」なのか、わからなくなる。
首相は自らの政治資金の問題を陳謝したが、現職議員が逮捕されているのに、小沢一郎民主党幹事長の問題には一言も触れなかった。残念だ。
マニフェストにせよ、資金の問題にせよ、逃げていては、政権を率いる首相の覚悟に疑問を覚えざるをえない。
各論は国会審議で明らかにしていくしかない。首相や与党には誠実に審議に応じるよう求める。それなしには、せっかくの理念もかすむ。首相も民主党も、演説の美辞に酔っている暇はない。
日本のものづくりを象徴するグローバル企業であるトヨタ自動車。その国際競争力の何よりの基盤であるはずの「安全」への信頼が揺らいでいる。
北米や欧州の主力車種でアクセル関係の重要部品に絡む問題が続発し、リコールによる回収・無償修理だけでなく、生産・販売の一時中止という事態にまで発展した。トヨタ車全体の品質や安全に対する顧客の信頼感にも影が差し始めている。
事の発端は、昨年8月に米カリフォルニア州で起きた高級車レクサスの暴走事故だった。運転席のアクセルペダルがフロアマットに引っかかり、足を離してもペダルが戻らなくなったのが原因だったが、トヨタは「車自体に欠陥はない」という立場に固執した。世論の批判に押し切られる形で11月になって426万台をリコールすると決めたが、「安全への感度」が鈍っていると疑わせる対応だった。
今度は、同じアクセルペダルの部品がすり減って戻らなくなる危険性が判明した。米国で230万台のリコールは、共通の部品を使う欧州と中国にも波及。対象車種の北米5工場での生産と販売を中止することにした。
さらに、昨年と同様のトラブルが指摘された109万台の追加リコールを決めた。こうもリコールが続くと長年の努力で培ってきたブランドイメージも痛手をこうむる。
経済危機で利益が吹っ飛び、「成長」に急ブレーキがかかったのは外部要因だが、安全の問題は経営に責任があると考えざるをえない。
ひとつはトヨタ自身の急速なグローバル化のひずみだ。問題の部品は米国メーカーから調達しているが、設計や品質管理の指導が甘かったとみられる。多くの車種で部品を共通化した結果、問題が起きるとリコール対象が爆発的に増えるようになった。
トラブルへの対応ぶりからは、米ゼネラル・モーターズを抜いて世界の頂点に立つ過程で頭をもたげた自信過剰と気のゆるみもうかがえる。問題がグローバル化しているのに、日本などの顧客への実態説明や不安解消の手だても十分とは言えない。
米国での市場調査では、品質面で韓国の現代自動車が日本勢を上回る結果が出始めている。日本勢はハイブリッド車や電気自動車など次世代技術の実用化や開発では優位にあるが、競争は熾烈(しれつ)で安閑としてはいられない。しかも、次世代カーが普及すればするほど、安全や品質による選別と淘汰(とうた)の時代がやってくるに違いない。
21世紀の世界は、市場構造の激変と技術革新が同時進行する波乱の連続だろう。その中で自動車に限らず、日本のすべての産業で安全と品質への感度が競争力の生命線になる。そのことを確かめ直す必要がある。