ジェームズ・キャメロン監督は「文転組」だった。大学で物理学を専攻したが、途中で英文学に転向した。科学技術は大好きだが、数学の勉強が嫌いだったようだ。映画界を代表する監督の頭の中は半分が理科系、半分は文科系である。
▼技術への強烈な関心は作品に表れている。最新作「アバター」の映像は圧倒的だ。実際に演技する俳優の体の動きや顔の表情を特殊なカメラでとらえ、そのデータを元に異星人の姿をした俳優の化身をコンピューターが描き出す。公開から6週間で興行収入の史上記録を更新し、世界で1700億円を稼ぎ出した。
▼6世紀ほど前、世阿弥は舞台での身体表現と人の心の動きについて説いた。秘すれば花。秘せねば花なるべからず。「花伝書」の花が何を指すかの解釈はさまざまだが、演ずる者の技が高くなければ、舞台に花は生まれない。逆に技を前面に出しすぎれば、花を失うこともある。感動は微妙な均衡の上に成り立つ。
▼キャメロン作品の成功の秘密は、監督自身が技術の使い方を心得ていることだろう。技に精通しているが、技におぼれることはない。前作の「タイタニック」から12年間沈黙していたのは、表現したい映像を実現する技術の登場を待っていたからだそうだ。映画館の帰り道に、技術大国ニッポンの経済不振を思う。