巨額の建設費を要する、陽子線や重粒子線を使うがん粒子線治療施設の開設が、無秩序に進められてよいのか。患者の利益、地域的な配置、医療水準の向上を考えた全国的なプランがまず必要だ。
陽子線は国立がんセンター東病院(千葉県柏市)、筑波大(茨城県つくば市)など六カ所、重粒子線は放射線医学総合研究所(千葉市)など二カ所で現在、治療が行われている。
また群馬大(前橋市)が本年中にも重粒子線治療を始める。名古屋市は河村たかし市長当選で凍結した陽子線施設建設を、一転継続と決め、二〇一二年度開院を見込む。このほか構想段階や資金集めなど順調でないものを含めると、国内約十カ所で計画がある。
正常細胞を避け、がん細胞をねらい撃ちでき、患者の苦痛や副作用が少ないとされる。放射線医学の専門家が注目するのは当然だろう。だが「夢の治療」と過大な期待をかける前に、慎重な検討が必要ではないか。
まず治療の対象となるがんは転移がなく、患部が何カ所にも分かれず、しかも動かない部位に限られる。頭頸部(けいぶ)のがん、脳腫瘍(しゅよう)、肺がんの一部などである。胃がん、大腸がんは対象外だ。粒子線治療の適用患者が、何人いるかも正確なことはわからない。
ほかの放射線療法と陽子線、重粒子線による治療とどちらが有効か、たとえば治療して五年後の生存率を比較したデータも、まだ十分蓄積されていない。
粒子線治療の中核部分は現在、健康保険は適用されない。最高三百万円の治療費は全額、患者の自己負担である。当然、収入の格差が医療の格差を生み出す。健康保険の適用を促すためには、まず症例ごとに治療の有効性が実証できる資料を、多く積み重ねる必要がある。
既存の施設は、福島県から兵庫県までの本州中心部に偏る。これまで期待だけが先行し、半ば無秩序に施設の建設を競い合う結果になったといえないだろうか。
今からでも国、自治体、放射線医をはじめがん治療の関係者が協議を進め、患者の需要と確保できる医療従事者の数、提供できる医療水準を考慮し、地域ごとの粒子線治療施設再配置のプランを策定すべきである。その上で症例のデータを増やしたい。
人の生命を預かる治療施設が、新たな“箱物”の公共事業になることはあってはならない。
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