万葉集に名の知れぬ旅人の一首がある。「足柄の箱根飛び越え行く鶴(たづ)の羨(とも)しき見れば大和し思ほゆ」。妻が待つ都への望郷の念を鶴に映した歌だ。大空とそこを飛びかう鳥に、翼を持たない人間は古来あこがれ見果てぬ夢を託してきた。
▼いや、飛行機という翼を得てからも同じだったのかもしれない。これからの苦楽が頭に浮かぶことがある。故国への帰心に襲われることもある。乗って飛び立つときも、あるいは離陸する姿を眺めるだけであっても、飛行機にはそんな作用を促す力がある。いま、JALの名に人はどんな思いを抱いているだろう。
▼日本航空が会社更生法を使った法的整理で3年以内の再建を目指す方向になった。当事者間で話し合う私的整理と違い、裁判所がかかわり過程が外から見える。例えれば「夕鶴」のつうが人目にさらされながら身を削って機を織るような厳しい営みである。もちろん、安全運航という至上命令を背負ってのことだ。
▼退職者の67%が年金減額に同意したのは、過去の栄光を捨てる長い道のりの一歩であろう。1990年代、経営破綻のふちにあった米コンチネンタル航空を復活させたゴードン・ベスーン氏が、当時の気構えを著書「大逆転!」に書いている。「過ぎ去った滑走路を振り返るな。コックピットにバックミラーはない」