けた外れの大食いを理由に、破門されてしまった江戸時代の相撲取りを主人公にした落語がある。故郷には帰れず身投げを考えていた時、親切な旅籠(はたご)屋の主人に助けられ、別の部屋から再起する▼百日足らずで番付を60枚以上飛び越す大出世。かつて破門された師匠と顔を合わせた相撲が長州公の目にとまって、召し抱えとなり、第6代の横綱「阿武松(おうのまつ)緑之助」になるというめでたい一席だ▼この噺(はなし)を聞くと、大関魁皇のことが頭に浮かぶ。周りに勧められ、気付いたら入門していたような少年は、相撲教習所の卒業式の日に同期生から誘われて部屋を脱走。すぐに連れ戻されたエピソードを持つ(『怪力 魁皇博之自伝』)▼その時、相撲をやめていればきのうの大記録は生まれなかった。幕内の通算勝ち星807勝。横綱千代の富士(現九重親方)の大記録と並んだ。前頭の豪栄道を寄り切りで下した瞬間の両国国技館は、割れんばかりの大拍手だった▼優勝は5回。何度も挑んだ綱とりは、けがやプレッシャーに阻まれた。それでも腰や肩など満身創痍(そうい)の中、土俵を務める姿勢はファンを感動させた▼三十七歳。同期生の横綱貴乃花や曙はとっくに引退した。「ひと場所ひと場所、いや一日一日、土俵での寿命が延びていく感じ」と著書で語っている。怪力を生かした取り口で、もっと、もっと勝ち星を重ねてほしい。