岩手県二戸市の金田一温泉郷にある旅館「緑風荘」。昨年10月初めに火災で全焼し、今も雪面に残骸が広がるこの旅館を支援しようと、全国から義援金が寄せられている。「座敷わらし」が現れる宿として有名で、常連客も少なくない。
▼座敷わらしは家人に幸運をもたらす少しばかりいたずらな幼子の姿をした神霊だ。その存在を一躍、有名にしたのが柳田国男の「遠野物語」である。「この神の宿りたまふ家は富貴自在なり」とある。座敷わらしやカッパ、オシラサマ……。遠野で語り継がれた民話を収集した同作品が発行されて100年がたつ。
▼遠野市は今年様々な記念事業を計画している。「民話のふるさと」を改めて発信する好機だろうが、実在の人物や地名が登場する同作品は親殺しや子殺しのような寒村の厳しい現実を伝える悲話も多い。「『遠野物語』を読み解く」(石井正己著)によると、心配した柳田は初版本を遠野には贈らなかったという。
▼昨年、遠野で車の教習所を経営する会社が副業で農業を始めた様子を取材した。少子化で本業が先細りになるなか、「地元企業の最大の役割は雇用を守ることだ」と、社長の田村満さんは熱く語っていた。雪が積もる民話の里にも不況の風が吹く。ふるさとで暮らす人々に笑顔が続く国を次の100年も残したい。