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「座敷わらし」が出る旅館として知られた岩手県二戸市の緑風荘が、去年の秋に全焼した。炎の中から赤い着物の子が飛び出し、母屋裏の神社に逃げ込んだと噂(うわさ)になった。神社は宿の看板と共に焼け残り、再建の動きを見守る▼東北に伝わる座敷わらしは、旧家に住みつく童子の精霊。かの『遠野(とおの)物語』は〈この神の宿りたもう家は富貴自在なりということなり〉、つまり吉兆だと紹介した。日本の民俗学の原点とされる柳田国男の名著が出て、今年で100年になる▼農商務省の役人だった柳田の転機は33歳、岩手県遠野郷を出た佐々木喜善(きぜん)との出会いだ。柳田は、文学青年が訥々(とつとつ)と語る故郷の奇談や妖怪話に引き込まれ、聞き書きをし、現地を歩いた▼自費出版の初版は350部だった。河童(かっぱ)や天狗(てんぐ)、神隠しなど、夢と現(うつつ)にまたがる話が文語体で並ぶ。「文学として読んできた」という三島由紀夫は〈これ以上はないほど簡潔に、真実の刃物が無造作に抜き身で置かれてゐる〉と絶賛した▼実は京都や江戸から遠い地方に、豊かな文化がいくつも息づいていた。同様の伝承は各地にあるものの、誰かが書き残さねば、いずれは口と耳の間にこぼれ、消えていく。その意味で柳田が救ったものは大きい。文献より実地に重きを置く手法も生き続ける▼1世紀を経て、日本列島はほぼ均質の金太郎アメになった。方言までが危ういが、幸い、民話の数々は文字に起こされ、図書という安住の地を得ている。柳田の足跡も、座敷わらしの幻影も山里深くに抱き、遠野はいま雪の中にある。