安心して農業ができる条件が整えば、食料自給率は高くなる−。そのための戸別所得補償制度だ。だが、現場には新制度への不安も募る。このままでは参院選対策のそしりも免れない。
見事な満額回答だった。コメ農家の赤字を一律に補てんする戸別所得補償制度の関連予算が、概算要求通り計上された。五千六百十八億円。水田関連予算としては本年度の二倍以上の規模になる。
新制度は戸別補償と、主食米から他の穀物への転作を支援する「水田利活用自給力向上事業」の二本立て。戸別補償も、国が示した「生産数量目標」に従ってコメを作付けし、事実上の転作に応じた農家には一律十アール当たり一万五千円を支払う定額分と、米価が暴落した場合にさらに補う変動分の二階建てになっている。
前政権が二年前に始めた「品目横断的経営安定対策」は「担い手」となる大規模農家や集団に補償を限定し、農業の体質強化をもくろんだ。戸別補償は、担い手への集中投資戦略からの転換だ。
民主党は、この制度で主要穀物などの完全自給を目指すと、マニフェスト(政権公約)に掲げている。一律の収入補てんは、小規模農家には手放しの朗報に違いない。だが、それがどのように、自給率向上や農業の基盤強化に結び付くかは定かでない。消費者には特に理解しにくい政策だ。
生産現場の混乱も見過ごせない。滋賀県などでは、土地改良事業などにも合わせて、中核農家が周辺の水田を借り受ける形で順調に大規模集約化を進めてきた。だが「戸別補償があるのなら…」と、田んぼの“貸しはがし”や集落営農からの離脱が起きている。
コメからの転作に支払われた旧来の「産地確立交付金」は、地域の実情に合わせて弾力的に使い道を決められた。それが新制度では、麦・大豆なら十アール当たり三万五千円、米粉米・飼料米は八万円が一律に戸別農家に入ることになったため、特産品づくりの意欲がしぼむ。やる気のある農家ほど、新制度への不安は強い。これでは自給率向上などおぼつかない。現場の声をよく聞いて、地域事情を考慮した対策を講ずるべきだ。
一方、今度の制度改革を踏まえた自給率向上への具体策、近く策定される予定の新たな「食料・農村・農業基本計画」などで示してもらいたい。さもなくば「水田」対策ならぬ「票田」対策との批判はさらに高まるだろう。
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