ヒマラヤにある世界で七番目の高峰ダウラギリ(八、一六七メートル)の頂上近くに目印がある。黄色のブーツに紫色のオーバージャケット。ここで息絶え、あおむけに倒れたままのポーランド人だという▼登山家の栗城史多(くりきのぶかず)さん(27)=札幌市=は自著の『一歩を越える勇気』で、北米最高峰のマッキンリー(六、一九四メートル)を手始めに、金もコネもない無名の若者が世界の峰に挑む等身大の姿を描いた▼最高峰のエベレスト山頂(八、八四八メートル)からインターネット中継したい、と決意した青年が始めたのは、多くの人にその夢を語ること。語らなければ共鳴する人も現れず、新しい出会いは生まれないからだ▼企業などのスポンサーから二年がかりで億単位の資金を集め、エベレストに挑戦したのは今年九月。日本人初の単独・無酸素登頂を目指したが、七、九五〇メートルのところで断念した。登頂できても、ダウラギリのポーランド人のようになることは分かっていた▼「自然に立ち向かってはだめなんです。登頂という目標に執着することは命取りになる」。先日会った栗城さんは「生きてなくては意味がない」と強調した▼中国建国六十周年の直前で、当局から生中継の中止勧告を受け、従わざるを得なかったのも無念だった。もう一度資金を集めて来年夏に再挑戦するつもりだ。「冒険の共有」という夢を実現するために。