NHKの「紅白歌合戦」は1962年に80%を超す視聴率を記録した。目玉は人気絶頂の吉永小百合さん初出場だったという。曲は「北風吹きぬく……」と始まる「寒い朝」だ。切なくも明るいあの歌は高度成長期の心情そのものだろう。
▼世の中はまだまだ貧しく格差に満ちていた。それでも経済は伸び続け、若者が希望を持てた時代だ。小百合さんはそんな季節の若者群像を体現して幅広い人気を得たのだと、社会学者の橋本健二さんが「『格差』の戦後史」で説いている。紅白歌合戦もまた、ひたむきに歩む日本人の年越しの宴だったに違いない。
▼「紅白」は生き永らえて今年で60回目を迎えるが、視聴率は平成に入ったころにガクンと下がったまま低迷している。何とか挽回(ばんかい)しようとNHKは英国の異色の歌い手スーザン・ボイルさんを招いたり、お笑い芸人を集合させたりと話題づくりに忙しい。こうなると何でもありのバラエティー番組という気がする。
▼これはこれで楽しいとしても、夢と熱気をなくした時代のどこか寂しい光景ではある。「国民的番組」の成功体験が忘れられず「紅白」になおこだわる放送局と、それを高ぶりもなく眺める私たち。競い合う裏番組にも力がない。「望みに胸を元気に張って……」と歌った「寒い朝」の景色はどこへ消えたのだろう。