政権交代に尽きた年でした。新内閣への世間の期待はくすみがちですが、たとえば師走の陳情風景は様変わり。変化の大波は衰えそうにありません。
長年の自民党政治に慣れた人たちには、さぞかし衝撃的な映像だったことでしょう。
先週、国会の民主党幹事長室を野中広務氏が訪ねました。全国土地改良事業団体連合会の会長として。用向きは大幅カットされた土地改良予算の復活陳情でした。
長らく自民の幹事長室であり、元幹事長の野中氏自身、予算差配にも権勢を誇ったその部屋で、敵対してきた小沢一郎氏子飼いの副幹事長らにひれ伏したのです。
◆崩れる中央集権の象徴
自民党政権下であれば、農村に根を張る団体の関連する予算が大幅削減されるなどとは、考えにくいことでした。
仮にそうした政府方針が示されたら族議員らが大挙して首相官邸や役所に詰めかけ、力ずくで、あるいは官僚とのあうんの呼吸で撤回させたに違いありません。
それが、あの野中氏でさえ“韓信の股(また)くぐり”を余儀なくされたのです。多分これは、自民が野党になったせいだけではない。民主党政権、より正確には小沢幹事長が打ち出した「陳情シ
陳情を受ける窓口を党に一元化しました。十一月六日付で所属議員に通達された文書は「分権型陳情」をうたいます。いわく、政官癒着の排除、霞が関詣で一掃、透明・公平の確保…。
師走の霞が関は、地方の首長や取り巻きの議員らで大にぎわいするのが常。多額の旅費、手土産持参で省庁の官僚に公共事業など地元向け予算を陳情する姿は、徳川時代の参勤交代に擬せられて「中央集権の象徴」とされました。
そんな景色が一変しました。あしき慣行が崩れたのです。
◆ついでに呼称も改めよ
地方の自治体や各種業界団体から中央省庁の関係部局へ、だった陳情の流れは、民主党の地方組織や幹事長室の「仕分け」を経て、各省の大臣、副大臣、政務官に直接向かうことになりました。
官僚機構が主で地方は従の主従関係が壊れ、おいしい思いをしてきた高級官僚は、地方支配や天下り先確保の手づるが細ります。
地方の役人や議員の側も、紙切れ一枚の陳情を名目に、毎年繰り返してきたディズニーランドや銀座、料亭への公金浪費旅行がおじゃんになった。愉快この上ない、そんな話も聞きました。
定着すれば、族議員は出番を失い、官僚とつるんできた有力政治家も無力化する、破壊力抜群の新システムなのです。もちろん副作用の懸念は多々あります。後に述べます。まずは注文から−。
そもそも「分権型陳情」を言うなら、分権に見合う財源を国から地方に移譲するのが筋でしょう。お金があれば陳情に上京する必要なんてないのですから。
ついでに「陳情」の呼称をやめてほしい。新明解国語辞典は「役所・当局に実情を述べて対策を考えてくれるよう願うこと」と説明します。憲法が国民の権利としている「請願」もですが、やはり下から上へお願いする意味です。
この際、「要求」とか「もの申す」に改めてはどうでしょう。
さて、副作用の件。「陳情政治改革」の危うい側面です。
冒頭紹介した土地改良予算の問題もそうなのですが、民主党主導の陳情「仕分け」にはどうも来年の参院選対策の色彩があからさまです。言い換えれば自民を支えた地盤を切り崩し、根絶やしにする報復のにおい−。
陳情する首長や業界代表に、選挙で協力するか否か、踏み絵を迫った事例も伝えられます。宮城や岡山など幾つかの県議会は、国民の権利を侵害しかねないと反発する意見書を可決したそうです。
自民党の谷垣禎一総裁はこう怒っています。「民主党は、小沢幹事長の下にすべての陳情を一元化して、巨大な利権を壟断(ろうだん)する形になっている」「権力を持つ者は自制が必要だ」と。
ライバルの政党を標的にするのも、度を越せば一党独裁に道を開きます。破壊力抜群であるからこそ、透明さと公平の確保へ細心の注意が欠かせません。
「陳情改革」を小沢氏は「革命的」と自賛します。持論の実践で得意の絶頂にあるのでしょう。
◆暴走制止は野党の責務
独裁者呼ばわりする勢力にくみするつもりはありませんが、高速道路も新幹線も思いのままの権力集中なら、田中角栄氏が最高権力者だった時代に逆戻りです。
で、国民の側で暴走を制止するのは野党の務めです。特に自民。国会の場で徹底論戦を挑んでほしい。ただし、変化に逆らって陳情政治の復元をもくろんでは、墓穴を掘りますから、お忘れなく。
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