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天皇陛下と中国の習近平国家副主席の会見に対し、宮内庁長官が政府の方針に異議を唱えたいのなら、辞任してからにすべきなのか。
民主党の小沢一郎幹事長が「辞表を提出した後に言うべきだ」と、記者会見で羽毛田信吾宮内庁長官の行動を激しい言葉で批判した。
政府が外国要人を天皇と会見させたい場合、1カ月前までに宮内庁に申し入れるのが慣例なのに、今回は1カ月を切っていた。だから宮内庁は断ったが、平野博文官房長官が鳩山由紀夫首相の意を受けて「日中関係の重要性にかんがみて」と重ねて要請し、実現させた。そんな経過をたどった。
論争の焦点は、憲法である。羽毛田氏は、政府の対応は憲法に照らして問題ありとの立場だ。
「国政に関する権能を有しない」象徴天皇の国際親善は、政治とは切り離して行われるものだ。そのために、相手国の大小や重要性で差をつけず「1カ月ルール」で対応してきた。中国は大事だからとそれを破るのでは天皇の政治利用になりかねない、と訴える。
1カ月を切れば政治利用で、それ以前ならそうではないのか。習氏の訪日自体は前から分かっていたろうし、政府の内部でもっとうまく対処できなかったのか。首をかしげたくなる点もないではない。
それでも羽毛田氏にとって、いわば政治の横車で1カ月ルールがねじ曲げられるのは、憲法と天皇のあり方にかかわる重大問題だということだろう。
一方の小沢氏は、官僚がそのような憲法解釈をして、政府にたてつくような発言をしたことに反発した。
小沢氏の理屈はこうだ。役人がつくった1カ月ルールを金科玉条のように扱うのは馬鹿げている。役人が内閣の指示や決定に異論を唱えるのは、憲法の精神や民主主義を理解していないとしか思えない――。
政治家が内閣を主導し、官僚はそれに従うというのは確かに筋は通っている。しかし、だからといって反対するなら辞表を出せと切って捨てるのは、権力者のとるべき態度として穏当を欠いていないか。
民主党は、政府の憲法解釈のよりどころとなってきた内閣法制局長官を国会で答弁できないようにする法改正を目指している。憲法解釈は政治家が決める、官僚はそれに従えばいい、という発想があるようにも見える。
宮内庁や内閣法制局はその役割として、憲法との整合性に気を配ってきた専門家だ。その意見にはまずは耳を傾ける謙虚さと冷静さがあって当然だ。
政治主導だからと、これまでの積み重ねを無視して好きに憲法解釈をできるわけではない。まして高圧的な物言いで官僚を萎縮(いしゅく)させ、黙らせるのは論外だ。はき違えてはいけない。
足利事件の再審裁判が始まった記憶もさめないうちに、またも再審が決まった。茨城県で42年前に起きた強盗殺人事件で、無期懲役の刑が確定していた桜井昌司さんと杉山卓男さんに対する裁判のやり直しが、最高裁で確定した。無罪の公算が大きい。
この「布川(ふかわ)事件」で、2人は別件の盗みなどの疑いで逮捕された後、殺害を「自白」した。その後、否認に転じたが、再び「自白」して起訴された。
公判では無罪を主張した。物証はなく、あいまいな目撃証言ぐらいだったが、一、二審、最高裁とも「自白」を信用して有罪とした。今回、その判断が覆されたのである。
足利事件をはじめ、これまでの冤罪史に通底する「自白」の強要と偏重がここにも見られる。密室の取調室で容疑者にうその「自白」を強いる捜査官と、法廷で客観的証拠が乏しくても自白を過信する裁判官という構図だ。
この構図は過去の話ではない。2002年に富山県で起きた強姦(ごうかん)事件では、うその「自白」を強いられて服役した男性が再審で無罪となった。03年の鹿児島県議選をめぐる買収事件では、事件自体がでっちあげられた可能性が強いのに、被告が次々と「自白」に追い込まれたことがわかり、さすがに一審で全員が無罪となった。
うその「自白」の強要を防ぐためには、取り調べの様子を一部始終、録画する「可視化」の導入が必要だ。布川事件では2人の供述を録音したテープがあったが、「変遷する供述の全過程ではなく一時点にすぎず、信用性を強めない」と再審請求審は判断した。
現在、警察や検察が始めている一部録画では、冤罪を防ぐ方策として、とても十分とはいえないことを改めて示している。
鳩山政権は全面可視化の実施を公約に掲げている。もはやためらうべき理由はない。年明けの国会には可視化法案を提出し、成立させるべきだ。
布川事件が再審となったのは、弁護側の請求で検察が新証拠を出してきたことが大きい。犯人らしい2人の男性を目撃していた女性が「容姿や服装は杉山さんらとは違っていた」と警察に供述していた調書や、遺体のそばで見つかった毛髪が2人の毛髪と似ていなかったという鑑定書などである。
弁護人には、被告に有利な証拠を提出するように検察に求めていく役割がある。事件現場や関連する場所で物証を押収し目撃者を捜す捜査当局が、証拠を一手に握っているからだ。
たとえ捜査側に不利な証拠であっても、検察はすべて法廷に出すべきである。特に今年から始まった裁判員裁判では、短期間の集中審理で結論を出す。裁判官だけでなく、国民の代表である裁判員に判断を誤らせるようなことがあってはならない。