世のできごとが、あまりなじみのなかった英単語を有名にすることがある。去年の経済危機はグリード(greed・強欲)を知らしめた。最近目にして覚えたのがミナレット(minaret)。イスラム教寺院に付属する尖塔(せんとう)を指す言葉だ。
▼「今後ミナレットの建設を禁じる」。何とも乱暴な憲法改正案をスイスが国民投票で可決した。先月末の話だが、憤りまじりの「なぜ」の思いが収まらない。イスラム系住民が増えることへの不安を右派政党があおり、「ミナレットは国のイスラム化の象徴」と訴えたというが、かくも簡単に人はなびくのか、と。
▼スイスは国民投票がおはこだ。欧州連合(EU)に入らぬと決めたのも、7年前にやっと国連に加盟したのも、国民投票の末だった。なるほど、民主主義の原点ともいえる仕組みを持ち、欧州のへそにある中立国のバランス感覚だと思えた。それが、今回ばかりはいささか非寛容な、らしからぬ結論を出したものだ。
▼フランスの作家アンドレ・マルローは、何十年も前に「21世紀は宗教の世紀になるか、あるいはないかだ」と予言したそうだ。なればこそ、かつて宗教戦争を引き起こした狂信や排他を捨てる。それが知恵だろう。それにしても、メディアは何の役割も果たせなかったのか。もう一つの、気になる「なぜ」である。