子どもの亡骸(なきがら)を抱きかかえてさまよう母親が釈迦(しゃか)に取りすがった。<この児(こ)を救う薬を下さい>。<分かった。芥子(けし)の種を集めなさい。ただし死人を出したことのない家からもらってくるのだよ>▼喜んだ母親は町中を訪ねるが、死者を出していない家は一軒もない。肉親と悲しい別れをしたのは自分一人ではない。そう気付いた母親は釈迦に帰依する▼医療が発達し核家族化が進む現代人には、この仏教説話は響かないかもしれない。実感できるのは、住民を巻き込んだ地上戦を経験した沖縄の人たちではないか▼一九四五年三月末に始まった沖縄諸島の戦闘で、日米両軍と県民の合わせて約二十万人が死亡した。マラリア病死や餓死などを含めると県民の犠牲者は、当時の人口の四人に一人に当たる十五万人前後と推定されている▼その沖縄の米軍普天間飛行場の移設をめぐり、日米両政府間で緊張が走っている。外交政策の継続性という原則、対等な日米関係を掲げたマニフェスト、連立離脱をにおわす社民党。大阪府の橋下徹知事からは、沖縄の負担軽減のために、関西国際空港への移設を検討してもいいとの発言も飛び出した▼複雑に絡んだ連立方程式に政権はどんな「解」を導き出すのか。太平洋戦争開戦からきょうで六十八年。政治の過ちは遠い将来にまで禍根を残す。そのことを沖縄の基地問題は示している。