「沖縄密約」の文書に署名したと、元外務省局長が法廷で証言した意味は重い。密約自体を否定してきた国は、公式見解の変更も迫られよう。歴史の真実が閉ざされたままでは、国民は納得しまい。
「沖縄返還協定の文言と実際とは違う」と吉野文六元外務省局長が東京地裁で、沖縄密約を認めた。その事実を示した米国側の公文書についても「自分の局長室でサインしたものだ」と述べた。
本来、米国が負担すべき軍用地の復元補償費四百万ドルを日本が負担することなどの内容だった。
西山太吉元毎日新聞記者らが、密約文書の開示を求めて起こした行政訴訟での証人だった。国は「密約はない」と一貫して否定を続けているだけに、秘密文書に署名した本人による公の場での証言は大きい。今後、国の説明責任が厳しく問われるのは必至だろう。
吉野証言は秘密を解く糸口ともいえる。沖縄返還に絡んでは、まだまだ隠された密約が存在するとみられるからだ。例えば、返還に伴い日本側は三億二千万ドルを負担する協定を結んでいるが、対米支出の総額はそれをはるかに上回る規模だったとされる。
秘密枠として盛り込まれた費用のうち、六千五百万ドルは現在の「思いやり予算」の原型ともいわれ、今日につながる問題でもある。だが、これらは米国側の外交文書の公開で判明したもので、日本政府は隠蔽(いんぺい)を続け、国民は何も知らされていないのが現状だ。
核密約については、外務省の有識者委員会で検証作業が始まったが、沖縄密約では財務省の文書などは不明のままだ。もはや国益を損なうこともない。国は早急に文書を調査・公開し、密約の全体像を明らかにしてもらいたい。
沖縄返還当時、西山元記者は外務省職員をそそのかして秘密の公電を入手したとして逮捕され、有罪判決を受けた。この三十七年前の法廷で、吉野氏は「密約はない」と虚偽の証言をした。今回の訴訟で、吉野氏が西山氏に歩み寄り、握手を交わした姿には、後世に真実を残せたことにホッとした気持ちがうかがえる。
佐藤栄作元首相のもとで進められた沖縄返還交渉がどのようなものだったのか。当事者らが亡くなっていく中で、重要な戦後史の記録が封印されたままでは、後の歴史の審判を仰ぐこともできない。自民党政権下での沖縄密約の実態公表は、新政権に託されたテーマともいえるだろう。
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