今年が没後二百年に当たるハイドンの交響曲第四十五番『告別』は、曲の最後に楽団員が一人、また一人と演奏をやめ退場していく、珍しい趣向で知られる▼エステルハージ侯のお抱え楽団の楽長だったハイドンが、家族と離れ、居城への“単身赴任”が長引いていた楽団員のために作曲したとされる。侯は演奏の意を理解し、翌日には全員に休暇を与えたという。ハイドンは口ではなく曲で、侯に「休暇をください」と語ったわけだ▼げに、「言語」は口から出るものとは限らない。手で語る「手話」が一番いい例だろう。では、車にはねられて手などに運動障害を負い、その「手話」が不自由になったら、それは「言語」障害に相当する後遺障害かどうか▼そのことが争われた損害賠償訴訟の判決が、昨日、名古屋地裁であった。被告の運転者側の損保会社は言語障害と認めなかったため、事故の被害に遭った名古屋市に住む聴覚障害者の主婦が提訴していた▼判決は「手話は健常者の話す言葉に相当し、後遺障害として扱うべきだ」との見解を示した。障害の程度は主張より軽く認定されたものの、訴えの根幹が認められたことで、原告側の喜びは大きかったようだ▼法廷で、思うように動かない手で懸命に訴えた主婦の「言語」が裁判所に届いたということだろう。ちょうど、ハイドンの「言語」が侯に通じたように。