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社説 世界と日本を隔てる農家支援は不毛だ(11/23)

 鳩山由紀夫政権は、農家の所得を政府が直接的に補う「戸別所得補償制度」を設け、まずコメ農家を対象とする「モデル事業」を2010年度から先行して実施することを決めた。政権交代で生まれた農政の抜本改革の機会であるが、制度の中身は入念に検討しなければならない。

 日本の農業は危機的な状態だ。耕作放棄地は東京都の面積のほぼ2倍に達し、カロリーベースの食料自給率は約40%と先進国でも際立って低い。農業は国民の食を支える大切な産業である。改革が必要だという鳩山政権の認識は間違っていない。

選挙対策ではないのか

 ただ、コメだけに焦点を当てて戸別の支援策を慌てて実施する理由が分からない。民主党のマニフェスト(政権公約)では、新制度は11年度から導入する予定だったはずだ。前倒し実施の背景には、来年の参院選を念頭に置いた政治的な計算があるとしか思えない。

 新制度の導入に伴い、農林水産省は10年度予算に約5600億円の必要経費を要求している。このまま選挙目当てで制度づくりが進めば、農家の人気取りの性格が強いバラマキ政策となる恐れがある。

 赤松広隆農相が示した案には、いくつか重大な欠陥がある。第一は、農業の生産性を高める構造改革の効果が期待できない点だ。

 所得補償制度の考え方そのものは正しい。農作物の販売価格が生産コストを下回った場合、政府が直接的な補助金で農家の所得の差額を埋める仕組みである。こうした手法は、世界貿易機関(WTO)の国際ルールでも世界貿易に及ぼす影響の少ない保護手段として認められている。

 制度の本来の趣旨通りなら、高い関税で輸入農産物を阻止し、国内価格を高止まりさせる方法に比べて、弊害が少ない農業支援策となる。人為的に価格を引き上げるのではなく、財政で農家の所得を支えるのが、世界的な農政の潮流でもある。

 問題はその適用の仕方だ。農水省の計画では、支援の対象を拡大し、全国で約180万戸のコメ農家を対象にしようとしている。農業に専念する農家や大規模な生産法人ばかりではない。零細な兼業農家も補助金を受け取ることができる。

 これではサラリーマン生活の片手間に、補助金を目当てに自分で米作を続けようとする兼業農家も出てくるだろう。非効率な農地を手放さなくなり、農地の賃貸による大規模農家への土地集約が進まない。

 第二の問題は、消費者・納税者にしわ寄せが生じかねない点である。農家への所得補償で財政負担が増える上に、食料の価格が下がらないのであれば、国民全体にとっての経済的な利点は乏しい。

 新制度は農家が補助金を受け取る条件として、生産調整(減反)への参加を想定している。減反とは計画的に供給量を抑制し、農産物の価格を引き上げる政策である。政府は過去40年間にわたり累計約7兆円もの財政資金を減反に投じてきた。

 だが、その減反政策こそが大きな弊害を生んできた。農家の生産意欲は衰え、農地は荒れ、自給率は下がってしまった。高い関税は国際的な批判にさらされ、貿易自由化交渉で日本は不利な立場に立っている。政策の誤りは明らかだろう。

 欧州連合(EU)や米国では、農家への所得補償と農産物の価格低下を一体化した農政が成功を収めた。価格決定を部分的でも市場に任せることで、農産物の値段を下げ、関税と輸出補助金を減らしている。

減反政策の見直しを

 価格を引き上げる減反と、価格を下げる直接補償。この2つは、そもそも原理的に矛盾する。鳩山政権が想定する制度は、両者を無理やり混ぜ合わせようとしているとしか思えない。矛盾を抱えたまま走り出せば、いずれ破綻は免れない。

 生産コストが高く、価格での国際競争力がない。そんな日本の農業の現実を見れば、政府が農家を保護する意味は否定できない。だが、世界の市場から国内農業を隔離して、保護し続ける考え方では、日本農業の再生は果たせない。世界と日本の農業を将来につなげる方向で、新しい制度を築いていく必要がある。

 菅直人副総理・国家戦略相は、同制度を予算削減の検討対象とする方針を示した。危機的な財政状況を考えれば、当然の判断だろう。聖域と考えずに、戸別支援の対象の絞り込みなどを慎重に議論すべきだ。

 戸別所得補償はマニフェストの中でも、高速道路の無料化や子ども手当などに比べ、都市生活者にはなじみが薄い。だが農政は農家や農協、政界の農林族など農業関係者だけのものではない。食の安全・安心や国民全体の生活コスト、経済外交の根幹にかかわる政策だ。

 巨額な財政負担を視野に入れる以上、農政改革は納税者と消費者が納得する形で進めるべきである。

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