わが家で十数年間、朝晩使ってきた電気炊飯器が壊れた。泣く泣く処分する時には「長い間よく働いてくれてありがとうな」と心の中で礼を言った▼新品の炊飯器で最初に炊いたのは、収穫したばかりのコシヒカリの新米。宇都宮市の専業農家阿部英士さん(40)からいただき、ふっくらと甘い「銀しゃり」を味わった▼支局勤務の時、田植えから稲刈りまで半年間、コメ農家の跡取りだった二十二歳の阿部さんに密着取材したことがある。先日、十七年ぶりに再会すると、借地も含めて五・三ヘクタールの水田を耕作する頼もしい農業経営者の顔になっていた▼市街化区域での稲作のため苦労も多いようだ。水田の周りには住宅地が迫る。長男は三歳。将来も、専業農家を続けられるか分からないが、コメはずっとつくってほしいと願う▼民主党がマニフェストに掲げた「戸別所得補償制度」は、販売価格が生産コストを下回った場合、補助金で差額を農家に補償する仕組みだ。欧米では、同様の制度が生産拡大に効果を上げている。ただ、農林水産省案は小規模な兼業農家も対象に含み、農地の集約化が停滞すると指摘する声もある▼後継者不足や耕作放棄地拡大など課題は尽きないが、食の安全の問題などから農業への関心は確実に高まっている。おいしい新米が出回るこの季節、農と食について家庭や職場で語り合ってみたい。