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私鉄駅のエスカレーターに親子連れがいた。母の尻ポケットからのぞく異物を男児は見逃さなかった。「なんでチャンネル持ってきたの?」。お母さんは「もうやだ。なんでなの」と、リモコンを同伴した己を責めた。誰にでもある「うっかり」の多くは笑い話で済む▼だがそれは、不注意ではなく長い闘いの兆しかもしれない。冷蔵庫に何度も空の食器が入っている――。群馬県議会議員の大沢幸一さん(66)は6年前、妻正子さん(60)の異変を確信した。若年性アルツハイマー病だった▼過日、横浜市であった認知症ケアのシンポジウムで、大沢さんにお会いした。生命倫理学会の公開行事だ。「共倒れにならないよう、妻には笑い薬を与えています」という壇上の発言が心に残った▼寝る前、おどける夫に笑ってくれれば、妻も自分も安眠できる。反応で症状の進行もわかる。そして、怒らない、ダメと言わない、押しつけないの三原則を自らに課す。最愛の人の尊厳、誰が傷つけられようか▼認知症は人格が崩れ、やがては抜け殻になると思われがちだ。しかし、シンポを企画した内科医の箕岡真子さんは語る。「抜け殻論を乗り越え、患者ではなく一人の生活者として接したい。以前とは違うけれど、その人は感じ、欲し、つながっていたいのです」▼人格は失われず、隠されていくと考えたい。情緒はむしろ研ぎ澄まされるとも聞いた。介護の技術に倫理や共感の視点を採り入れることで、本人と家族の「人生の質」を少しでも保てないか。高齢化が問う、重い宿題である。