HTTP/1.1 200 OK Date: Thu, 12 Nov 2009 00:16:42 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:森繁さん逝く 陽は昇り、また沈む:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

森繁さん逝く 陽は昇り、また沈む

2009年11月12日

 「巨星墜(お)つ」と、誰かが言った。だが、九十六歳の天寿を全うした森繁久弥さんは、大衆と時代に寄り添い、親しげで、手を伸ばせば触れられそうな“星”だった。ご冥福をお祈りしたい。

 「わしらこのアナテフカ(ロシア)に住んでいるユダヤ人は、屋根の上のヴァイオリン弾きみたいなもの」。ミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の主人公、テヴィエの最初のひと言だ。「落っこちないように気を配りながら、愉快で素朴な調べをかき鳴らそうとしている」と続く。

 約二十年、九百回のロングランを重ねた当たり役。迫害の中で寄り添って生きるユダヤ人社会の哀歓がこもる一連のせりふの中に、森繁さんの長い芸能人生が凝縮されているようだ。

 スタートはコメディアン、軽演劇を志し、役者としては遅咲きだった。二枚目でもない。ヒーローを演じたわけでもない。もっと演技がうまい人はいた。それが「名優の中の名優」とたたえられ、大衆芸能初の文化勲章を受章した。紅白歌合戦にも七年連続出場し、自作曲「知床旅情」は、国民的愛唱歌になった。ラジオの「日曜名作座」は二千回以上続いた。

 「森繁の存在自体に、なにか、日本人の心をいきなり、ひっつかむようなところがあるのではないか」(「日本の喜劇人」)と、作家の小林信彦さんは書いている。

 出世作になった映画「三等重役」のちょっと軽薄でずるいところのある課長、その延長線上で演じた「社長シリーズ」の笑いと悲哀は、高度経済成長を担うサラリーマン社会の到来にマッチした。

 テレビ時代に入ると、ホームドラマで「よきオヤジ」を演じてみせた。テヴィエの役作りに当たっては「お隣の国、お宅の隣、そこに生きている父親像を築きたい」と語っている。家族の崩壊が叫ばれ始めたころだった。

 芸能界に、カリスマはいる。ヒーローもいる。反射的な笑いはあふれている。だが、時代に寄り添い、親近感さえ与えてくれる「大芸人」は、なかなか見当たらない。日本人の心を“ひっつかみ”、森繁さんの不在を埋める、よき「芸人」に出会いたい。

 「屋根の上のヴァイオリン弾き」のクライマックスで歌われる「サンライズ・サンセット」。陽(ひ)は昇り、また沈み、時うつる−。しかし、知床の岬にハマナスの咲くころ、多くの日本人が、森繁さん、あなたのことを思い出す。

 

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