おお、モリシゲが出ている。懐かしい人に出会ったような気がして、そのテレビドラマに見入った覚えがある。6年ほど前のことだ。向田邦子さんの若き日の恋を描いた作品に登場した老優はしみじみと飄々(ひょうひょう)と、物語を引き締めていた。
▼あれが森繁久弥さんの最後の出演作だったという。とはいえなお長命を保ち、100歳までもと思わせた一代の役者が逝った。ラジオ番組以来のつき合いだった向田さんはとうに鬼籍に入り、かのドラマを演出した久世光彦さんも亡くなったのを見届けての大往生である。芸能人の弔辞をいくつ読んだことだろう。
▼長く、じつに長く親しまれた森繁さんの持ち味は、セリフや身のこなしの絶妙な間合いだったろうか。昭和のスクリーンを彩った社長シリーズや駅前シリーズのおかしみに人は笑い、少しホロリとした。テレビにモリシゲが現れればどれどれと見ていられたのだ。気がつけばどこかにいる大俳優だったに違いない。
▼それでいて重厚な芝居もこなし、吉田茂元首相を演じた映画では宰相そのものと評された至芸の人である。波乱の人生経験と役への執念が生んだ存在感を思う。本紙に連載した「私の履歴書」に森繁さんは「運は向こうから来るが、目をふさいでいては見損なう」と書いた。目をしっかりと見開いた96年であった。