帰還イラク兵士の心のケアを担っていた軍医が、同僚に向け銃を乱射する悲劇が起きた。オバマ政権下で新たなテロ戦略が模索されるさなか、いかなる規律の緩みがあったのか。全容解明を急げ。
事件があったテキサス州フォートフッド陸軍基地は、イラク、アフガニスタン派遣米軍の中核を担う陸軍約五万人を抱える軍事基地だ。犠牲になったのは、同基地の兵士ら十三人。当初死亡が伝えられたニダル・マリク・ハサン容疑者はその後生存が確認された。
ハサン容疑者は、ヨルダン系米国人で精神科の軍医でもあった。凄惨(せいさん)な戦闘の現場から帰還した兵士の心を癒やす立場の専門軍医が、自らの現地派遣を前に同僚を無差別殺害した惨劇に慄然(りつぜん)とせざるを得ない。
オバマ政権にとって外交上の最大課題はイスラム過激派テロとの戦い、中でもアフガニスタン戦争だ。就任以来、イスラムとの対話を呼び掛ける一方、特殊作戦専門のマクリスタル司令官を現地に配置し、新たな戦略構築を模索している。しかし、四万人規模の増派を主張する現地と、第二のベトナム化を懸念して最小限にとどめたい政府の判断が食い違い、明確な路線を打ち出せないままだ。
この間、民主化の一環として大統領選挙が実施されカルザイ再選が決まったものの、対立候補の辞退による消極的な結果だった。逆に、国連施設に対するテロで国連スタッフが一時避難を余儀なくされるなど事態は深刻化している。
一時沈静化の傾向を見せていたイラクでも事情は同じだ。簡易爆破装置(IED)による米軍をターゲットにした爆破テロが相次ぎ、米兵の被害者数は増加の傾向にある。
オバマ政権は、イラク戦争とは一線を画し、アフガン戦争は「不可欠な戦争」と位置付けている。就任後、イラク戦略でブッシュ前大統領に異を唱えたシンセキ前陸軍参謀総長を退役軍人長官に就けるなど、戦争の長期化が生む疲弊への対処姿勢も早くから示している。
しかし、明確な出口戦略を示せないままでは、イスラム過激派側から「米軍は駐留の大義を失った」とつけこまれかねない。
イスラム教徒だったと報じられるハサン容疑者の事件の背景には動機を含め、まだ未解明の部分が多い。新たな対テロ戦略につなげるためにも、全容の早期解明を求めたい。
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