自らの危険を顧みず、人の命を救うことは、人間にとって最も崇高な行為である。漁船「第1幸福丸」の転覆事故で、三人の乗組員を救出した若き潜水士が「絶対にこの人たちを助けようと思った」と記者会見で語る姿を見てあらためてそう思った▼ダイバーの姿を見て、乗組員が思い浮かべたのは映画『海猿』に登場する潜水士だった。二〇〇四年と〇六年に公開され大ヒットし、海上保安官の志望者が増えた▼「海猿」になるのは簡単ではない。志願する全国の海上保安官から、年齢や体力などの適性を考慮して選ばれた研修生が約二カ月間、海上保安大学校で訓練を受けた後、国家試験に合格する必要がある▼潜水以外にも、ヘリコプターと連携した救助など訓練は厳しい。水中での判断ミスは仲間の命を危険にさらす。今回、救出した六人の潜水士は、転覆船からの救助は初めてだったが、立派に職務を果たした▼救助された三人はきのう退院し家族と対面した。「死刑宣告されたような気分だった」「いつ息が吸えなくなるか恐怖を感じた」。記者会見で九十時間の漂流を振り返る表情は硬かった。亡くなった船長と不明の四人の仲間を気遣ったのだろう▼転覆後、四人は船外に脱出したが、救助を待つことができたのは取り残された三人だった。捜索は今も続く。無事を祈る家族の気持ちを思うと切なくなる。