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10月29日付 編集手帳(10月29日付・読売社説)

 明日の生死も知れぬ戦場で、遠い青春の思い出を美しい宝石のように見つめる兵士――井上靖の詩「葡萄(ぶどう)(ばたけ)」である。友とふたり、翌日の試験を棒に振り、有機化学のノートを枕にして、神と愛について語り合った十数年前の葡萄畠…◆〈蓬髪(ほうはつ)の下の友の瞳はつぶらで、(ほお)は初々しく、その周囲で空気は若葉にそまり、時は音をたてて水のように流れていた。怠惰で放埒(ほうらつ)で、純粋で高貴であった一日!〉(詩集「北国」)◆詩の「私」と同じように作者も、疲弊した心身を美しい思い出で慰めたのかも知れない。慰めきれずに、〈死をもって充満された時〉のなかで叫び出したい日もあっただろう◆井上が1937年(昭和12年)から翌年にかけて、中国に出征した際の従軍日記が見つかった。勤めていた大阪毎日新聞の社員手帳に鉛筆で書かれている。〈気を強く持たぬと死んで(しま)ふ〉〈神様! 一日も早く帰して下さい〉等々の記述があった◆その悲痛な叫びを補助線に引いて、青春期を描いた自伝的長編「北の海」(新潮文庫)を読み返すとき、登場人物と場面がまぶしいほどに輝いていた理由に思い当たる。

2009年10月29日01時21分  読売新聞)
東京本社発行の最終版から掲載しています。
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