その世界ではありとあらゆる書物が禁じられていた。詩集も経済学の本も歴史書も、そして聖書さえも。消防士は禁制品を見つけ次第、火炎放射器で本の山を焼き尽くすのだ。レイ・ブラッドベリの近未来小説「華氏451度」である。
▼読書週間に合わせ、今年も東京・神田神保町で「古本まつり」が始まった。出品は100万冊。掘り出し物はないかと人波をかき分けつつ、本があふれ、活字を存分に楽しめる幸福を思う。作家が紡いだ物語は絵空事ではない。地球上には自由な出版が許されない国がある。貧しくて絵本を手に取れない子もいる。
▼それなのに、日本人の活字離れはやはり深刻らしい。本は重い、かさばる、書店で探すのが面倒とこぼす声も聞く。ならば最近話題の電子書籍端末は読書のありようを変えるだろうか。米アマゾン・ドット・コムの「キンドル」は1冊を1分間でダウンロードでき、1500冊が保存可能という。革命ではあろう。
▼キンドルは「燃やす」という意味だからかの小説を連想してしまうが、こちらは興味に火をつけるといったニュアンスのようだ。たしかにこういう火なら悪くはないけれど、書物の存在感や手触りも慈しみたくなるのはアナログ人間の性(さが)なのだろう。いつか買ったブラッドベリも手あかにまみれ、妙にいとおしい。