パット・ボローニャ氏は、ウォール街でよく知られた靴磨き屋だった。証券取引所のそばに陣取って、客から耳よりな情報を仕入れては他の客に助言した。磨き上げるまでの数分のささやきが、微妙な市場の表情の変化を人々に伝えた。
▼ケネディ大統領の父ジョー・ケネディ氏も常連客の一人。靴磨きに立ち寄ったおかげで、大損を免れたらしい。ボローニャ氏のような若者までが相場が上がり続けると説くのを聞いて市場の過熱状態を悟ったという。持ち株をすべて売り払った直後に大暴落が襲ってきた。80年前のきょう「暗黒の木曜日」である。
▼人間は知っていることばかり話すのでもなければ、知らないことばかり話すのでもない。知っているつもりだが実は知らないことを話すものだ――。ガルブレイス教授は著書「大暴落1929」の中でそう書いている。サブプライム問題の波及を見抜けなかった現代社会でも、金融市場の本質は変わってはいまい。
▼世界恐慌の引き金となった当日の記憶を、靴磨きのボローニャ氏が後に語っている。売買開始の時刻になっても取引所は静か。大レースの前のような沈黙が支配していたそうだ。危機が近づくにつれて人は冗舌になり、ついには語る言葉が尽きるらしい。今の株式市場はどうか。静寂の恐怖を思い、耳を澄ませる。