落語ファンの間で伝説になっている高座がある。二〇〇七年十二月十八日、東京・有楽町のよみうりホールで、立川談志さん(73)が演じた「芝浜」だ▼暮れに演じられることの多い人情噺(ばなし)で談志さんの十八番。舞台の袖で撮影していた写真家の橘蓮二さん(48)は中盤に差しかかるころ、会場の異様な雰囲気に気付いた▼何かが乗り移ったような迫力のある語り。千人はいたであろう客席からはせき一つ聞こえない。シャッター音がこの高座の空気を壊さないかと撮るのをためらった。一計が浮かぶ。クライマックスの場面で魚屋の勝公の女房が叫ぶ声にシャッター音を乗せてみよう▼「おまえさんのことが好きだから!」。絶叫する瞬間に夢中でシャッターを切った。緞帳(どんちょう)が降りた後、そこには完全燃焼してしばらく動けない談志さんの姿があった▼この時のカットも含む談志さん初の写真集が出版された。橘さんの「噺家」シリーズの第一弾。柳家小三治さん、立川志の輔さん、春風亭昇太さん、立川談春さんの第五弾まで刊行の予定だ▼落語家個人の写真集が企画されるのは、若い女性が映画や芝居と同じ感覚で落語会に行く時代が来たからだろう。橘さんは五人の落語家を「落語という表現方法を使って自分を表現している」と評した。古典芸能としてではなく、現代のエンターテインメントとして落語がいま面白い。