農家への戸別所得補償制度が、コメを対象に、予定より一年前倒しで来年度から実施される。民主党の政権公約の目玉だが、拙速な見切り発車に、生産現場は不安、消費者も不満を募らせる。
戸別所得補償制度といっても、無条件に現金をばらまくわけではない。原則は、農家の赤字を補てんする制度である。政府が示す生産数量目標に従うことを条件に、「全国標準の生産費」と「全国標準の販売価格」の差額を、全国一律に補てんする。黒字農家が“補償”を受けることもある。
すべての農家が対象にはなるが、補償を受けず、自由にコメを作って、売ることもできる。その意味で、石破茂前農相が目指した減反の「選択制」に近い。
新政策最大の問題点は、日本の農業をどうするかという戦略よりも、目先の選挙対策の意味合いが前に出すぎることである。
衆院選の政権公約(マニフェスト)でも、当初二〇一二年度としていた実施時期を、来年の参院選を意識して一年前倒しした経緯がある。コメの先行実施はさらに、制度設計も不十分なままに見切り発車させる感がある。このため、農業の現場は戸惑いを隠せない。
コメをどこにどれだけ作れば、いくらもらえるのかが、よくわからない。コメの作付けを減らせば、自給率向上や耕作放棄地対策の観点からは、麦・大豆を増やすことになる。主食系のコメ、麦、大豆は今や一体だ。ところが、麦・大豆の扱いは決まっていない。麦の作付けはおおむね十一月から十二月にかけてだが、作付け計画は、今立てないと間に合わない。
全国一律の算定法は、不満の種になるだろう。農業の在り方は地理的条件で決まる。ブランド米の産地とそうでない産地、大型農家が多い地方とそうでない地方を、一律にはくくれない。
なぜ農家だけが一律に救済されるのか。小規模兼業農家がなぜ必要なのか。その説明も十分なされていない。都会の消費者は快く思わない。主食を守り、自給率向上を図るなら、一律補償はそぐわない。農産物自由化の荒波に抗することは不可能だ。一定規模以上の担い手に政策を集中し、意欲を引き出し、足腰の強い「産業」に育てていくのが筋道だ。
山間の条件不利地に対しては、そこで農業を続けることで、森や水源を守ってもらう対価として、環境直接支払制度を別途考えるべきだろう。
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