東京の地下鉄全線を1日で乗り尽くしたり、JRの鈍行だけを使って24時間のうちに九州の八代まで行き着いたり。エッセイストの酒井順子さんが近著「女流阿房列車」で、こんなマニアックな試みをおかしくもしみじみと描いている。
▼酔狂といえばそれまでだが、昨今の鉄道ブームはこの手のファンをまた増やしているようだ。駅舎の見物が大好きな人もいれば立ち食いそばの食べ比べに夢中という人もいる。発車メロディーを録音して回るのが趣味の人もいるらしい。それもこれも、鉄道とその企業への揺るがぬ信頼があってこその遊びなのだ。
▼JR西日本幹部らの行為は、そういう「鉄ちゃん」の思いも踏みにじって余りある。福知山線事故の調査をめぐり情報を不正に得ていただけでない。意見聴取会に公述人を送り込もうと裏工作を重ね、現金を渡していたことも分かった。事故への反省や遺族にわびる気持ちがあったなら、こんなことができようか。
▼先日、関西を訪ねてJR西の電車に乗った。あちこちの駅に、最初に発覚した情報入手についての「おわび」が張り出してある。「このような行為は誠に軽率かつ不適切なものであり……」。のちの不正の広がりをみれば、何としらじらしい謝罪だろう。鉄道の安心安全にもロマンにもほど遠い組織の非道である。