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作家の佐藤愛子さんが、子どものころの食卓の思い出を書いている。小説家だった父親の佐藤紅緑(こうろく)は、季節季節に初ものが出てくると「わっはっは」と笑ったそうだ。「やあ、マツタケが出たね、わっはっは」という具合である▼子どもにも笑うよう命じるので、一家で笑った。ばかばかしいと言えばそれまでだが、自然の恵みへの素朴な感謝と喜びがあふれていた、と佐藤さんは懐かしむ。時は流れ、いまや季節感は薄らいだが、それでも秋は彩り豊かだ▼横綱格は秋刀魚(さんま)だろう。小紙別刷り「be」が「今年も食べたい秋の味覚」を読者に聞いたら、他を断然引き離していた。2位に新米が入り、3位梨、4位松茸(まつたけ)、5位は栗。6位の柿までは団子レースになった。海育ちは12位の戻り鰹(かつお)まで姿が見えず、秋刀魚の独壇場である▼食べておいしいだけでなく、秋によく似合う。秋刀魚を焼く光景は一幅の絵画である、と言ったのは魚博士で知られた末広恭雄だった。したたる脂(あぶら)が炭火にはぜる。煙は流れて、夕靄(ゆうもや)にとけこんでいく。そこはかとない郷愁が呼びさまされる▼〈あはれ/秋風よ/情(こころ)あらば伝へてよ/――男ありて/今日の夕餉(ゆうげ)に ひとり/さんまを食(くら)ひて/思ひにふける と〉。佐藤春夫の名詩もあって、この大衆魚のイメージは不動である。こればかりはタイもヒラメも代役はつとまらない▼資源の量は豊かな魚だという。売られながらも青々と海の色を残す姿は美しい。さて、秋もたけなわ。海の恵みに感謝しつつ、一幅の絵となって焼くもよし、食らうもよし。